短期集中隠居気味小説 「胡蝶、緋に立つ君へ」二


時は2世紀末、初平元年(190年)の頃。
当時朝廷の実権を握り暴政を奮っていた董卓を倒すべく、地方々の勇将達が集まり
"反董卓連合"が結成された。

その後192年、間もなくして暴君董卓は長安の地で、嘗ての部下であった猛将呂布の戟攻に
よって滅殺。
見せしめと言わんばかりにその死体は市場の目前に晒された。そしてその肥満な身体の
斬られ傷から大量の脂肪が流れ、奇抜なことを思いついた見張りの役人がその部分に
灯心をし込んだところ何日間も火が消えずに燃え続けた、という逸話が後代まで残った。

転換期を迎えた後漢末は、太守・刺史・牧等が方々に地を構え、群雄割拠する時代になっていた。


その頃、同時代に荊州に位置する南郡をはじめとした西側地方は当時"平定の地"と呼ばれた。
当時荊州刺史に任命されたのは、劉表という儒学出身の男であった。
そもそも当時の戦乱の風潮と、その身の堂々とした八尺余身の丈に似合わず武力を持たなかった
劉表は、萠リ(かい)良・越の兄弟や蔡瑁といった当地の名門出の豪族の手を借り、分立していた
諸豪族たちを次々に平定していった。
その為荊州には、戦火を逃れ学者や名士たちがその地に流れ込み、現在の言葉を使えば
一時的に学問のメッカと称された時期もあった。
 しかし別の一面、この劉表は権力というものに関してしたたかな男であった為、
無頓着の振りをして中央の官軍上層部ともよく連絡を取り合っていた。
そんな折、彼の元に其処の中枢を担う袁紹より『玉璽を持ち逃げした孫堅という男を
見つけ次第捕えよ』という御達しが来ていた。

玉璽というのは印章である。始祖の劉邦の時代以降数百年伝えられて来た大漢帝国皇帝の
三種の神器、もしくはステータス・シンボルとも言えるもので、大義で言えばそれを持つ
者が王朝の継承者であるという考えである。袁紹がそれを欲したがるのも無理は無かった。

また、孫堅という男は、当時大陸では遥か南方、更に長江を下った土地、長沙郡の太守という。
184年に黄巾の乱が勃発した際、この孫堅文台は朱儁という一将に従い、28歳の若さで
多くの戦功を挙げ、先程の董卓討伐の連合軍時に際しては袁術下において、あの曹操と
一、二を争う行動力を見せた。更に、董卓が京兆伊(長安)に遷都という名の逃亡を敢行した時に
焼き払った洛陽の都跡に一番乗りを果たし、城内の鎮火と掃蕩に従事した。
中央の袁紹指揮の部隊が到着したのは、既にそれから2日以上も過ぎていたという。

 例の大漢帝国の玉璽は、その時孫堅が廃墟となった宮殿を警備の為見廻っていた時に
古井戸に沈んでいた官女の屍骸を引き上げた時に発見したものであった。
皇帝の証ともいえるとんでもない物を偶然にも見つけ出してしまった彼は、その場で若干の
寒気を覚えて武者震いした後、何を思ったのか発見の場に共に居合わせた兵士や役人数名に
かたく口止めをし、その日のうちに総司令の袁紹に
「以前の氾水関での一戦以来、実は余り体調が思わしくありません。おおかた私の役目も
済みました故、御暇を戴き故国へ帰らせて頂きたく。」
とだけ申上し、若干怪しんだ袁紹をよそ目に呉国出の兵士部隊を引き連れ、飛ぶように
持ち国に戻って行った。
 しかしいざ故国へ戻ってみると、既にあの袁紹からの各国各地の県令や守備司令官に
『孫堅文台という男を偵察せよ。そして更に玉璽を持つ気配あれば、中央の命として捕えよ。』
という命令が行き渡っていたという、一連の話である。

 しかし当の追われる身になった孫堅であったが、当時破竹の勢いであった彼はそんな
脅しに近い達しには危惧のかけらも持たず、その後も頴川(エイセン)南陽、樊城といった県を
次々に落として行き、難なくして湖北省に進んだ。
自分の元々の土着であった長江下は目前、その為にもこの湖北省の中心である荊州は
何としても手にしたい、と孫堅は望んだ。
そこで次にこの荊州を護る劉表の本拠地・襄陽を取り囲み落とす計画になったのであるが、
実はこの襄陽は、地形等の前学もせぬまま知らぬ者が入るにはあまりにも難を極める土地であった。

そこで彼はこの度自軍の寄り抜きの精鋭数百足らずを連れ、短期間この地の偵察も兼ね、
人目を忍んで足を運んでいたのであった。


人目の付き難い場所に陣営を張った中に、今回孫堅は自分の長子を連れて来ていた。
―この孫堅にはその時既に息子が4人いたが、その一番上の策は17歳になっていた。
下の弟、権はまだ10歳にも満たず、またその下は更に小さかった。
この長子の孫策は江南地方には珍しく身の丈七尺を越える大柄な男で、兵家の跡取りとして
幼時の頃から武芸十八般をたたき込まれ、今となってはその武術は恐らく、あの父にも
まさるとも言われていた。
 そしてこの前年辺りから父と進軍を共にするようになるまでに成長し、今回の
襄陽偵察にも孫堅に付き添って従軍していた。
 しかし生まれつき父と武術のみならず、その気性と血の気の多さでも争っていたこの
孫策は、若さ故に日毎に猛ってしまう激しく戦好きな気勢を、夜な夜な荊州と益州境に
頻繁に現れる山賊退治をする事で何とか紛らわせていた。
―つい先々日も襄陽のすぐ西隣の檀渓で、賊相手に一滅効かせて来たばかりだった。

「…………。」
 当の孫策はこの日、台に左肱をついた状態で荊州辺りの地形図を眺めていた。
恐らく、目は辛うじて開いているが、半分ほどまだ頭が覚めていない。
次の標的の襄陽を見ていたつもりが知らぬ間に右方向に視線が流れ過ぎ、黄海か
今の上海辺りにまで行ってしまっていた。
(あ……やべぇ。)
ゆるりと目を元位置に戻そうとした時、ふとその地形図を持っていた自分の右手が映った。
何を思ったのか彼は右手から地形図を放し、その掌をぼんやりと見詰めた。
―一瞬、この前触れた檀渓で出逢った可憐な少女の、白磁のように白くて滑らかだった
手の感触が甦った。
勿論生まれてからこの方、まだ歳行かぬ彼にそんな経験など全く無かったから。
戦を糧とする男の手で仮に強く握りでもすれば、儚く千切れてしまいそうな。
 あの時、賊に斬りつけられて血を流していた娘のその手の傷口を見て、思わず自らの口唇で
優しく塞いでやらずにはおれなかった。
(……手ぇ…、……柔かったな)


「―げっ!」
その瞬間、孫策は激しく動揺して、寝呆けまで完全に覚めてしまった。

(…ばっ、莫迦か俺は!こんな時に一体ナニ考えてやがんだ!?)
先程の肱をついた状態で頭を抱えた後、二、三遍首を振ってみた。
気付けば息も深くなって耳まで赤くなり、誰も見ていなかったのにこの男はひとりで
恥ずかしくなっていた。

是処に来る以前の、戦の事だけで満たされていた彼からしてみれば、今の孫策は
とんでもない姿だった。
(やべえ…今回の従軍で襄陽の地形、全部頭ン中に叩き込む筈だったのに…。次の
戦の事しか考えねえつもりだったってのに…。何で、こんな…)

心中を占めたのが怒号を挙げて狂い上がる剛の者でもなく、数に予想だにつかないような
太守の大軍でもなく、遠方からいやらしく人間を操る、智謀の士でもなく。

一瞬逢っただけの、あの日自分に微笑んでいた優しく儚そうな一人の娘。
例えれば、胡蝶のような。
―きょうせい。
しかも、彼はあの娘の名前の響きしか知らない。
(…どういう字、書くんだ…。)

動揺にまかせて彼が悶々としていた時、後ろの入口から人影があった。
「―伯符よ。」
それは、この孫策の下の字(あざな)であった。
今まで抱えていた頭から手を離して振り返ってみると、自分と同様に大柄な男が
呼びかけていた。
―実の父親とあれば、それも大概納得がいく。
一瞬彼は慌てたが、父と知って落ち着きを取り戻した。
「…親父か。 あれ…なんだ、もう会合とかは済んだのかよ?」
慣れた声で問い掛けると、孫策に親父と呼ばれた男は静かに頷いた。

この男こそ、今やあの袁術に豫州刺史にまで抜擢されていた孫堅文台であった。

「ああ、滞りは特に無い。…しかし、江夏守備にいる黄権という奴が、何処からか
劉表の援軍に回っているらしい。若干調子が狂ったが…まあ、問題は無いだろう。
…だが、そんな事はどうでもいい。それより今宵舒に戻るぞ、伯符。早くに荷を纏めておけ」
「…うっそ、今晩戻んのかよ!?」
予定外の事をいきなり聞かされた孫策は、驚いて立ち上がった。
「親父、早ぇよ!予定じゃあ、あと三日は居ンじゃなかったのか」
「予定なんてそんなものは、成り行きで二転も三転もする。お前も覚えておけ。
…それより伯符。お前、また先日夜中に賊退治でもやらかしたか。…もの好きな奴だ。
今度は一体何処に行っていた?」

そう微笑を含んで言い放つ孫堅には、叱り飛ばす風も無く、余裕さえ感じられた。
「…すんません…親父。あの…勝手に陣営抜け出して」
孫策は、逆にその父の怒りもしない威圧感に毎度毎度圧倒されて、言い訳できなかった。
(「ちっ。くっそ、誰だよ…チクったの。また程普か?あんにゃろう…」)
舌打ちしてブツブツ言っていたのが、今回は運悪く聞こえた。
孫堅の片手だけ腰に据えた体勢は、最初から最後まで変わる事は無かった。
「残念だな、今回は程普ではない、韓当だ。しかし皆、暴れ馬のお前を案じてやっての事だ、
後で当たらん様に。しかし、伯符。お前が賊退治をすることに俺は別にとやかくは言わんが、
いざという時に息切れせん様、ほどほどにしておけ。」

今回この父親たる孫堅が息子に言いたかったのは、最後の一文だけらしかった。

「…あーあー、…っと」
父がその場を離れた後、一気に脱力した孫策はもう一度椅子に傾れ込んだ。
其処から見上げるとその日は快晴で、青過ぎる空が自分の顔に反射したのが分かる程だった。
そういう天気は意気揚揚としてとても好きだったが、今日の彼はまだ晴れていなかった。
(……もう、逢えねぇのかな…。)
不覚にも先日の檀渓で出逢った娘の事が、まだ頭先をちらついていた。

陽の光が視界に入り、孫策は一瞬目を細くした。
ここから外に出て空の下に立ったら、またこれまでの自分に戻らねばならない。
孫堅文台の息子として、大勢の兵軍を率いねばならない。
恐らく、当分の間はこんな風に戦場に立ち続け、儚い胡蝶のゆめまぼろしなど
見ることは出来無い。

―少なくとも、見ていない振りをしなければならない。

そうぼんやりと決意した後、一遍大あくびをした。
「…まあ、…それはこれから寝た後でいいよな。…多分」
最後にそう呟いた後、瞬時にして彼は気持ち良く寝息を立て始めた。

実は先日の檀渓から戻って以来、孫策は「眠り」という言葉を本気で忘れていた。
父と会話し、自分の中で気持ちを整理したら少し落ち着いたらしい。




揚州・廬江郡に皖という小市があった。
当時、その地方で随一の豪族として名を馳せていたのは喬氏であり、長の喬公は
武力を持たないながも、その政治的発言力は他の兵家に劣らず一角を担っていた。

昼前に、邸の前を覆っていた桃園に甲高い第一声が響いた。
「…旦那様!お嬢様方の馬車が戻ってこられました!」
この日、門番のこの一言を夜が開ける前から家を出たり入ったりして心待ちに
していたその喬公は、それを聞くと目の玉をひんむいて年甲斐も無く門の外に
跳び上がるようにして駆けて行った。

先日、自分が定期的に京兆伊に交易に遣わせていた馬車隊が、荊州と益州の
境目当たりの、場所定まらぬところで山賊に奇襲されたと聞き、その時は通り掛かりの
勇猛な者たちに救われて逃げ延びられたと聞いたが、怪我人が出ていたと急ぎの伝令に
聞かされ、気が気でならなかった。
 しかも、そんな時に限って運悪く自分の愛娘が同行していた為、その無事な姿を
見られる今日というこの日まで、殆ど一睡も出来なかった。

その喬公が勇んで娘の乗る馬車を見つけた時には、既に其処には彼女の妹が
駆け寄っていた。
馬車を降りた喬は、戻る前よりも妹が遥かに元気になっていたのを見て微笑んだ。
「ただいま、小喬!…あ、良かった…、歩けるようになって…」
そう言い終わる前に、熱病の為に引きずるような厚着をしたままの彼女の妹は、
姉にも劣らない愛らしいその顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
「……お姉ちゃぁあん!」
治りきっていない鼻をずびずび言わせながら、その小喬は喬の首もとに抱きついて
嗚咽し始めた。
自分の病気を危惧して遠方まで薬を求めに行ってくれたこと、そして山賊に襲われて
危険な目に晒されながらも無事に戻ってきてくれた事、全てに於いて"ありがとう"と"ごめんね"
を言わねばならないと直前まで思っていたが、優しい姉の姿を見た瞬間、
全ての緊張の糸が根元から切れてしまった。
「大好き…もう泣かないで、小喬。ね、また熱が出てしまうから。…薬、後でお部屋に持っていくわ」
は、このひとつ歳下の無邪気で純粋な心を持った妹の事がとても好きだった。
幼い頃に、妹が眠れぬ夜にいつもしていたように、優しくその頭を撫でてやった。
この妹が小喬で、婉(エン)。そして姉の喬(セイ)は大喬、と皆からは呼ばれていた。

「良く戻った…大喬。無事で何よりだった」
我ながら愛しい娘等を授かったものだ、と貰い泣きしそうになっていた父親に気付き、
は目を伏せて一礼した。
「…お父様。御心労をおかけして、申し訳ありませんでした。」
そう言い終えるか否かの前に、彼女に抱きついて泣いていた小喬が、ふと喬の手元を見て
声を挙げた。
「…きゃあ!お姉ちゃぁん、たいへん!怪我してるよぉ!」
「…えっ!?」
その瞬間、喬は自分の右手に急に視線を感じ、頬の色が染まった。
実は先日の山賊に斬りつけられた後に孫策に荒療治された手の甲の傷を、あの後何も
治療し直さずに、そのまま手付かずの状態にしていたのだった。
―勿体無くて触れなかった、という言い方もある。

「う、うぅん!大丈夫よ。も、もう殆ど直ってる…と思うから。」
は慌ててその自分の右手を隠すように押さえて首を振った。
「でも。こんな血のついた布で巻いたままじゃ駄目じゃない。あたし、もっぺんお薬付けたげるよ?
…あれ。お姉ちゃん…何で顔赤いの」
「…えっ!」
妹の素朴な疑問に、彼女は更に自分が動揺していることに気がついた。
「だ、大丈夫!わ、わたしは、平気、平気よ!平気だから!」
そう物凄い勢いで言い放つと、喬は逃げるように自分の部屋に駆け込んで行った。

自室に逃げ込むように入って戸を閉めた喬は、その戸に背中を預けたまま一層顔を赤くし、
暫くの間動けずに右手を押さえて座り込んでいた。
(…わたし…どうしちゃったの…?)
先日の斬られ傷は殆ど治りかけていたが、あの時、あの若者に大きな手で握られた事、更には
治癒の為とはいえ口唇でそっと触れられた事などが思い出され、再び右手が変に疼き出して
どうしようも無かった。


「……お姉ちゃん、あれ…?」
小喬は姉の走り去った跡を呆然と見詰めながら首を傾げた。

「……まあ、よかろう。この度の交易、兎に角皆に大事が無くて良かった。」
喬公は、今回こちらから送った使いの人間にも、向こうの街から渡って来た交易品にも殆ど
支障が無かった事に安堵した。
「それにしても。」
喬公は、続けてその交易隊の一人に含まれていた青年らしき男に何気に話しかけた。
「檀渓で山賊退治を敢行して救済してくれた討伐隊というのは…名も名乗らなかったとは。
これでは、礼の使いの一つも出せぬではないか…。」
「…その首領らしき青年、私がその場で聞いた限りでは確か、"若殿"とか呼ばれておりました。」
即答して来たその男のことばに、真っ先に喬公が反応した。
「何、すると若かったのか。どれくらいだ?」
「遠目に見てもかなり大柄で立派な若者でしたが…恐らく、まだ17、8。成人はしてないでしょう。
…あと、話していた言葉ですが私が聞いた限りでは若干、南国の訛りが。」
それを聞いて何かを思い出したらしい。喬公は鼻で笑った。
「おぉ!そういえば昔、…いつであったか。歳17、8の頃に銭塘江で海賊を単独で破ったとかいう、
南国訛りの猛者が居らなかったか?はっは、山賊海賊が違うのみで、見事に被りおるわ」
呼応して、頷きながらその若者も笑った。
「…本当だ!前にその様な英雄伝がありましたね。…ですが恐らく、その海賊を破った英雄は
今も生きていれば、恐らく私の亡父くらいの、いい歳になっているでしょう。」
「うむ。…すると、仮にその海賊退治の英雄に息子でも居たとすれば、君と同じくらいやも知れぬ」
君、と呼ばれた青年はもう一度頷いた。
「ええ。…そうでしょうね、叔父さん。」

実は、喬公の親戚筋の一人でもあるこの青年こそが、後に孫家が江東に巨大国家を築き上げて
行く際に柱石となった呉の重臣、魯粛子敬。

そして、先程の"海賊を17歳で退治した英雄伝の南国訛りの主役"こそが、孫堅文台その人であった。